「すみません。失礼だとは思うんですが、聞かせてください。「すがった」というのは、何に?」
カイトが申し訳なさそうに訊くと、セルリアンはゆったりとうなずいてから答えた。
「わたくしは独りぼっちだったのです。当時、二十五歳だったわたくしと二つ下の妹シアンは、国王であった父と、その妃であった母を同時に失いました。すでに結婚し子もいたシアンの夫の勢力と、未だ独り身だったわたくしを擁立しようとする勢力は一触即発の状態となりました。親を亡くした悲しみと王室での拠り所を失った心細さに押し潰されそうだったとき、ナーガがその姿をわたくしの前に顕しました。ナーガは異なる世界から人間を召喚する術式をわたくしに授けました。「その術式によって召喚した人間には状況を変え得る特別な力を与える」と言い残して、ナーガは去って行きました……」
セルリアンの語尾が弱くなるのを聞いたカイトは、国王の長女として権力争いの渦中で孤独だったセルリアンの気持ちを察して会話を先へ進めることにした。
「ナーガというドラゴン……この世界での神様が、与えると言った特別な力が治癒魔法だったんですね」
カイトの配慮に謝意を示すようにうなずいたセルリアンは当時の説明を続けた。
「そうです。まさに特別な力でした。そして、ケンゾーはわたくしを大きな愛で包んでくれました。聖魔道士という世界で唯一の称号を得たケンゾーは、わたくしと結婚して王配という立場に立つことで、わたくしを護ってくれました」
賢三という自分の祖父は「異世界ファンタジーの主人公ケンゾー」として役目を果たしたんだと納得したカイトだったが、もう一つ確認しなければならないことがあった。
「ありがとうございます。おじいさんとの経緯は分かりました。ただ、もう一つだけ……十五年前、父さんを召喚した理由は何ですか?」
平静な口調になっているように気を付けながらカイトは疑問を口にした。
カイトの問いに答えようとするセルリアンが少しの間を置いたタイミングで、二人の会話へ割って入るようにケンゾーが口を開いた。「それは、俺から説明しよう。ダイキを召喚した理由は、俺の年齢と世界情勢だ。俺が六十歳を目前にしたとき、このミズガルズ王国を取り巻く情勢は緊迫していた。そこで現役の聖魔道士が必要だと、俺は判断した。まさか実の息子が召喚されるとは思ってもみなかったけどね」
おおよそ予想していた通りの答えを聞いたカイトは、
(俺の異世界生活は、のんびりほのぼのスローライフってわけにはいかないらしい……)
と諦観の微苦笑を浮かべながら、確認するための質問を口にした。
「俺を召喚したのも、父さんと似た理由なんですね?」
「ああ、その通り。俺はもう七十五歳で、とうに魔道士団を引退してるし、筆頭魔道士団の首席魔道士だったダイキがセナート帝国から戻る気配もない。この国には現役の聖魔道士が必要だと、俺は二回目の決断をした」ふうと短く息を吐いたカイトは、聖魔道士という存在が一国の情勢を左右する存在なのだと理解できてしまった。
「……この世界に召喚された理由は分かりました。この国にとって不可欠な力を内外に示す存在なんですね。治癒魔法が使える聖魔道士ってのは」
カイトの理解の早さに満足したケンゾーは、微笑を浮かべて答えた。
「このミズガルズは領土こそ大きくはない島国だけど、優秀な魔道士の存在で長く独立を維持してきた。そのミズガルズに治癒魔法を行使する聖魔道士が存在してるっていう事実は国内外、特に列強と呼ばれる大国に対して大きく作用する」
ケンゾーの説明をすんなり受け入れたカイトは、
「おじいさんは、この国を愛しているんですね」
と間を置かずに感想を口にした。
カイトの言葉が意外だったケンゾーは、驚きを隠さず顔に出しながら首肯した。「……ああ、そうだね。カイト、きみの言う通りだよ」
「召喚すればこの国にとって必要な力が手に入る。でもそれは異世界……っていうか元の世界から人を奪う行為でもあるから最小限に留める。そして父さんのケースを考えれば次も血縁の可能性が高い。だから召喚の決定は自分が行ったと言って責を負う……といったところですか? 俺なら大丈夫です。自分でも不思議だけど、この異世界での立ち位置は理解できちゃいました」すらすらと答えてみせるカイトを見て、ケンゾーは目を丸くした。
「カイト……きみは、俺の孫としては出来過ぎだな」
ケンゾーは微笑むと、カイトに向かって頭を下げた。
「感謝する。ミズガルズを頼んだ」
「自他共に認める普通な大学生だった俺が、どこまで役に立てるかは分かりませんが、やってみます」自分が発した言葉にカイトは、
(異世界に転移してすぐに、こんな重大な決断を即決するって異常だよな……俺の順応性がものすごく高かった、とか単純なことじゃない気がする……それに俺は元の世界に戻りたいって少しも思ってない……異世界で特別な力ってやつを手に入れたせいで気が大きくなってる、だけか?)
と胸の内で考えを巡らせた。
カイトとケンゾーの会話を聞きながら、セルリアンは切れ長の目に安堵の涙を浮かべていた。それに気付いたカイトは、自分が発した言葉によって後戻りはできなくなったと思った。同時にどこかで昂揚している自分がいることも認めた。(おじいさんと父さんがいる異世界ってのは、ちょっと……いやだいぶ変わってるけど、異世界ファンタジーの主人公としての立場、最初の立ち位置としては悪くない。うん、悪くないはずだ)
短絡的で打算的な上に楽観的な自分の考えにカイトは呆れながらも(これも順応の形だ)と胸の内で自分を肯定した。
「ひとまず、ここから先のことはマジェスタ殿にお任せしたほうがいいだろうな」 ケンゾーが自らの孫であるカイトと妻であり女王のセルリアンとの謁見を締め括るように言うと、マジェスタは「かしこまりました」と応じて深々と頭を下げた。 マジェスタとともに謁見の間を出たカイトは、枢密院の議長としての執務室ではなくマジェスタが王宮内に私用で持つことを許されている書室に案内された。 書室は二十畳ほどの広さで、書室の名が示すとおりに壁一面の本棚には書物がぎっしりと収まっていた。 部屋の中央に置かれた大きな地球儀のようなものの前で立ち止まったマジェスタは、「閣下は聡明にして沈着であられます。早速ですがこの世界と、この国について説明などさせていただきたく存じます」 と趣旨を提示することから会話を切り出した。「はい。お願いします」 カイトが素直にうなずくと、マジェスタは穏やかな微笑を浮かべた。「閣下はダイキ卿のご子息。ダイキ卿にこの世界のことを説明したのも私めにございますれば、この世界と閣下がおいでだった世界の相違も把握しております。どうかご安心くださいますよう」「はい……あの、一点だけよろしいですか?」「なんでございましょう?」「俺に対して、そこまであらたまった話し方をする必要はないんですが……」 遠慮がちに言うカイトを見たマジェスタは、目を丸くして驚きの表情を見せたかと思うと声を上げずに小さく笑った。「これは、失礼を。ダイキ卿も会話の始まりに同様のことを仰っておられたと、思い出したのです」 マジェスタが笑いを漏らした理由にダイキの名を挙げるのを聞いたカイトは、(父さんの異世界ファンタジーもこんな感じで始まったのかな……) と思い出と呼べる記憶のない父親への想いを短く巡らせた。「……そうですか、父も」「ダイキ卿も聡明であられましたが、打ち解けた会話を好まれる方でした。酒を好むダイキ卿に誘われ、夜更けまで酒席で語らうこともありました……分かりました。少し話し方を崩しましょう」 マジェスタの口調から、カイトは父親が好人物だった印象を受け取って安心した。「はい。お願いします」「では閣下。このテルス儀をご覧ください。この星、テルスには四つの大陸がございます。アフラシア、ゴンドワナ、アウストラリス、アンタークティカ。そして、我々のいるミズガルズ王国は……
「マジェスタ様! ダイキ様の御子息はこちらにいると聞きました!」 弾む声で一方的に用件を口にするビキニアーマーを身に着けた女性は、意志の強そうなアーモンド型の目をカイトに向けるや、「あっ! あなたですか!」 と張りのある声を上げた。 「ヴェルデ王女殿下……なんという恰好で……」 マジェスタが呆れ返った顔で発した咎める声に、ペロッと小さく舌を出すだけで返したヴェルデは、ツカツカとカイトの目の前まで近寄った。 ヒールの厚いブーツを履いているヴェルデの目線は、平均よりやや高い程度とはいえ百七十四センチはあるカイトとほぼ同じ高さだった。 光沢すら帯びて見えるパンッと張ったヴェルデの豊かな胸の膨らみにどうしても目が行ってしまうカイトは、異世界に来てから感情と行動に抑制が効いていたはずの自分が、ここにきて丸っ切り動揺してしまっていることに驚きを持った。 動揺を隠せないカイトへ快活な笑みを向けたヴェルデは、「はじめまして。わたくしはヴェルデ。王太子ダンドラの長女で、十八歳です」 と自己紹介を述べながら右手を差し出して、カイトに握手を求めた。「あ、はじめまして。えー、カイト・アナンです。二十歳です」 わずかに上擦ってしまった声のトーンを抑えようとしながら答えたカイトが、微苦笑を浮かべながら握手に応じてヴェルデの右手を握ると、ヴェルデは満面に笑みを浮かべてみせた。 こんもりと主張する露わになった胸元へ視線が行ってしまわないように、カイトは眼球のコントロールに意識を集中させた。 ビキニアーマー。 最近でこそコスプレにおけるファンタジー作品の衣裳として、実在の女性が身に着ける姿も見受けるが、基本的にはファンタジー作品の世界でしか存在しえないビキニとアーマーという相反する性質の融合。 ファンタジーが産み出した倒錯の結晶とも言うべきビキニアーマーを、ヴェルデの肌から匂い立つ香水の薫りすら届く距離で目の当たりにしたカイトは胸のうちで喝采した。(ビキニアーマーだよ! やっと、やっと出たんだ。異世界ものらしいファンタジーならではの恩恵が今、目の前に……!)「カイト様。あなたが、わたくしの夫になられるのですね」 ヴェルデが快活に言い切った言葉で我に返ったカイトは、「え!?」 と素っ頓狂な声を上げてしまった。 ヴェルデの口から出た「夫」という想定外の単語
「俺の結婚に関わる話、というか俺が結婚する前提で、もう話は進んでるってことですか?」 カイトが率直に尋ねると、マジェスタは若干の間を置いてから答えた。「いずれ分かることを隠すような愚は演じません。申し上げます。閣下には王族ないし名家、具体的には御三家いずれかの令嬢と結婚していただく運びで事は既に運んでおります」「……それは、もう決定事項なんですか?」 感情的に否定や驚きで反応することなく確認する問いに徹したカイトに対し、マジェスタはゆっくりとした首肯を返した。「王配殿下の血縁であろう次の召喚に応じられた方は、すなわち聖魔道士であり王配殿下の直系。その方にはこの国で結婚し家庭を持って、ミズガルズの地に根を下ろしていただく……政治的な背景があることは否定できませんが、女王陛下と王配殿下も望んでおられる筋書きでございます」「……そうですか」「閣下は二十歳であられるとなれば、ことは重畳、適齢であられます」 予期しなかった角度で最初に「閣下」と呼ばれた理由が効いてきたとカイトは感じた。 (転移した異世界でいきなり貴族ルート確定。しかも王配の直系ならマジェスタさんが言ってた「こうしゃく」は公爵ってことだろう……いきなり公爵になった異世界でハーレを築く、なんてエロゲーみたいな展開が許される雰囲気の世界じゃないってことは、もう分かってた。でも実際、自分が結婚するかもって状況になると……)「俺がいた世界、日本の感覚じゃ二十歳はまだ早いんですが……ミズガルズでは適齢ですか?」 カイトがありのままの感覚を明かしながら問いで返すと、マジェスタはすぐさま首肯した。「はい。特に王侯貴族の御子息が婚約する年齢としては適齢です。ミズガルズ王国の法律では女性は十六歳、男性は十七歳が婚姻適齢であり、結婚が可能となります。昨今の王侯貴族にあっては、幼少のみぎりに婚約を済ませる事例は減少し、法律に沿った婚姻適齢の前後に婚約する例が増えております」「……それで、先ほどのヴェルデ王女殿下が、俺の婚約者に決まったってことですか?」 諦観に傾く感じを含んだカイトの言葉に、マジェスタは小さく首を横に振ってみせた。「いえ。今はまだ候補者の一人です」「……候補者ってことは、すぐに決められる訳ではないんですね。お互いに考える時間はある、と……ヴェルデ王女殿下は乗り気のようでしたが……」
カイトの様子を配慮したマジェスタは少しの間を置き、コホンと小さく咳払いしてから次の説明に移った。「順序が前後してしまいましたが、この世界の説明を続けましょう。よろしいですか?」「はい。お願いします」「テルスの世界情勢はまさに激動の時代を迎えております。それは蒸気機関や内燃機関などの急速な発達とも重なるのですが……まずはセナート帝国について申し上げましょう」 マジェスタが地球儀に酷似したテルス儀をふたたび指差す。 セナート帝国と聞いたカイトは「父さんのいる国か」と思いながら、マジェスタの人差し指が指し示す大陸を注視した。「その領地が大陸の東端にまで達したセナート帝国は二年前、我がミズガルズ王国に宣戦布告すると国境の島であるペアホースへと攻め込みますが、ダイキ卿が投降するとあたかも目的がそれであったかのように兵を引き揚げました。現在は和睦が成立し、国交も回復しております」「二度目はないと言い切れる状態なんでしょうか」 すぐさま問いで返したカイトに、及第点を与える教師のような首肯をみせてからマジェスタは答えた。「断言できないのが現在の情勢です。セナート帝国は今やテルスで最も大きな大陸であるアフラシア大陸の覇権国家となっております。北はツンドラの地、南はヒマアーラヤ山脈にまで達し、西にあっては次々に小国を飲み込み、現在はピャスト共和国、ロムニア王国、オルハン帝国と接する長い西方戦線を形成しています。セナート帝国のシーマ皇帝は大帝とも称され、パスクセナーティカとも呼ばれる大陸の安定と繁栄を築き始めています」 マジェスタが説明したテルスの情勢を、カイトは地球に当てはめて考えてみた。 ロシアと中国にモンゴルやカザフスタンを合わせたよりも大きな領土を持つ国。途方もない大国だとは思ったが、スケールが大きすぎることで、カイトはぼんやりとしたイメージでしか捉えられなかった。「言葉を選ばずに訊きます。ミズガルズ王国とセナート帝国では、国力の差が歴然としているように思うんですが……」 カイトのストレートな感想をマジェスタはすんなり肯定した。「残念ながら、その直感は合っております。セナート帝国が本気で東征を考えれば……さらに申し上げますと、海洋覇権国家であるブリタンニア連合王国が南方の国々を次々と植民地化しており、その動向も注視しなくてはなりません。さらには、目
カイトを引き連れてエルヴァが向かったのは、王宮の左翼に当たる棟の最奥に位置する地下への入り口だった。 地下への入り口に立っていた守衛の男から、灯されたランタンを受け取って地下へと続く階段を下りるエルヴァに、カイトは無言で付き従った。 地下には一つだけ扉があり、エルヴァは真っ黒な鉄で補強された異様に頑丈そうな扉をあっさり開けると、振り返ってカイトに声をかけた。「ここは禁書庫だよ」 ランタンを軽く掲げたエルヴァは苦笑いを浮かべていた。「僕は暗いところが苦手でね。さっさと済ますとしよう」「あ、はい。禁書庫、ですか……」 禁書庫という響きに微かな興奮を覚えたカイトは、ランタンの灯りだけを頼りに禁書庫だという狭い空間に目を凝らした。 狭く空気の籠もった禁書庫の中には、これも必要以上に頑丈な造りが見て取れる大振りな四架の書架だけが整然と並んでいる。 迷いのない挙動で奥の書架に近付いたエルヴァは、「とりあえず一冊でいいかな」 とカイトが聞き取れる程度の声で言いながら一冊の書物を手に取った。「え? 持ち出すんですか? 禁書、なんですよね?」 カイトは驚きを疑問に含めたが、それに答えるエルヴァの口調はいたって軽いものだった。「ああ、問題ないよ、僕は自由に使っていいってことになってるから」 エルヴァは「はい、これ」と気楽な調子で、分厚い革表紙の禁書をカイトに手渡した。 ざらりとした手触りの革表紙が妙にひんやりとしているのを感じながら、カイトが手渡された禁書を胸に抱える。「よし、出よう。暗くて狭い場所は僕のテリトリーじゃない」 嫌気を滲ませてツカツカと禁書庫を出るエルヴァの後に続き、カイトも禁書庫を出て足下の暗い階段を上った。 禁書庫を後にした二人は、王宮の左翼に当たる同じ棟の中央付近に位置する部屋へ移動した。 中庭に面した部屋の窓のサイズが、地球の十九世紀末とほぼ同程度だという時代には有り得ないほど大型で、その採光によって白を基調とした部屋は禁書庫と対極にあるように明るかった。「僕の執務室ってことになってる。まあ、ほとんど使ってないけどね。あ、本はそこに置いて」 エルヴァが部屋の中央に置かれた天板が分厚い机を指差したので、カイトは言われたとおりに禁書を机の上に置いた。「さて、早速だけど、この本はね」 軽い口調のまま禁書の革表紙に手を置
「今のところ僕とシーマ卿だけが使えるってことになってる無属性魔法ってのは、他の属性と違って召喚魔法に特化してるんだよ」 微笑を浮かべるエルヴァは、魔法について説明するというよりゲームの遊び方について教えるといった口調で、放出するオーラから新たに無属性魔法を行使する可能性を見出したカイトへのレクチャーを始めた。「召喚、魔法……」 ファンタジーを題材とするアニメやゲームで見た召喚魔法の派手な演出を思い浮かべたカイトは、オウム返しに単語だけをぽつりと漏らした自分に気付き、慌てて質問を口にした。「その召喚魔法っていうのは、俺をこの世界に転移させた召喚術式とは別物なんですね?」 カイトの質問に対し、エルヴァはコクッと軽くうなずいてみせた。「召喚って同じ言葉を使ってるからややこしいけど、まったく別の系統だね。召喚術式は魔法ですらないし。で、その召喚魔法なんだけど、無属性以外の属性でも行使が出来る召喚魔法はある。ただ、火や土なんかの属性で召喚できる召喚獣ってそれぞれの属性でせいぜい十二、三種類ってとこ。僕たちが使う無属性は召喚魔法に特化してるだけあって、その種類は段違いに多い。天使シリーズが十五種、ギリシアシリーズが二十四種。合わせて三十九種が現時点で確認できてる」 エルヴァが付け加えるように言った「現時点で確認」という部分にカイトは反応した。「現時点で確認できているってことは、未確認のものが存在する可能性もあるってことですか?」 カイトの問いに対して、及第点を与える教師のように「うん」とエルヴァが首肯する。「その点では他の属性も同じなんだけど、魔法っていうのは言い換えれば「呼応する技術」でね。呼応の対象は四大元素だけじゃなくて神性も含んでる。神性を産み出す土壌となる世界は広い上に歴史も深い。探せば未知の召喚獣はいるだろうし、現に未知の召喚獣を求めて研究に没頭するってタイプの魔道士もいる。まあ、世の中が平和になれば魔道士は研究者にもなれるんだろうけど、今は忙しいから研究に時間を費やせる魔道士は少ないけどね」 エルヴァがぼやかした背景に、カイトは敢えて言及してみることにした。「戦争、ですか……?」「いやな時代だよ、まったくね。「戦争が研究を後押しする側面もある」なんてほざく奴もいるけど、僕は嫌いだ」「はい。俺も戦争を肯定的に捉える意見は嫌いです」 目
「その魔力の量だけでランク、位階は決まるんですか?」 カイトが率直な疑問を口にすると、エルヴァは軽いうなずきを返してから答えた。「そうなんだよね。魔道士の強さは魔力の量だけで決まるほど単純ってわけじゃ当然ないけど、魔力量が重要な要素っていうか強さのベースになっちゃうってのは、どうしてもあるから」「修行というか、訓練とか鍛錬みたいな方法で、魔力の量を増やすことは可能なんですか?」 間を置かずに質問したカイトのテンポに合わせるように、エルヴァもすぐに答えを返した。「ああ、それは無理なんだ。魔力の量って、魔道士としての血が顕現したときに決まってるんだよ。顕現度合とか魔道士としての血の濃さ、なんて言い方もするんだけど。大抵は四歳前後で表れる魔道顕現発達の時点で位階はほぼ決まっちゃって、ある程度は魔道士としての強さも決まっちゃうってこと。その魔力量を正確に測れるのが、ウァティカヌス聖皇国の聖皇なんで、通例として魔道士は十四歳までに聖皇に拝謁する。その拝謁で聖皇が魔力量に応じた位階の叙位と、その子が従三位以上なら称号の授与もセットでやっちゃう。言っちゃえば、まだ子供の頃に決まったランクを一生背負って生きるのが魔道士ってわけ」 生まれ持った才能で一生が左右される世界。カイトは率直に嫌な世界の形だと思った。「なんだか残酷な気もするんですが……」 カイトが感じた嫌な印象を口調に含めると、エルヴァはそれを肯定するようにうなずいた。「そうかもね。ただし、だ。魔道士の強さは魔力量だけで決まらないってのも事実だよ。上位の称号持ちが下位の魔道士に敗れるってのは珍しいことじゃない。実際の戦場だと、上位の称号持ちは地位も高いってのが相場だから、真っ先に狙われるって傾向もあったりするし」「戦い方次第ってことですか」「うん。たとえば土属性のベヒモスとか、水属性のレヴィアタンなんて有名どころの召喚獣は、四十ちょっとの魔力消費で召喚できるのに結構強い。上手く使えば上位の魔道士に対抗できる召喚獣とも言える。あとは、火属性のコーザサタニとかプグヌス・フランマエみたいに、術者がその身体を武器としちゃって直接的に攻撃するタイプの魔法も、究めれば有効なのに消費する魔力は少なくて済む。魔力量それ自体は変えられないけど、戦闘の練度は変えられるからね……さて、話がちょっと逸れたかな」 エルヴァが
「僕はちょっと手配してくるから、カイト君はその本でも読んで待っててくれるかな」 エルヴァの指示に従うことは、無自覚ながら既にカイトにとって自然な反応となっていた。「はい。分かりました」 カイトは自然な反応として素直にうなずいた。 エルヴァが軽い足取りで執務室を出て行くと、未だ夏の気配を残す白昼の日差しが射し込む明るい執務室に一人残されたカイトは、エルヴァの指示に従っていると自覚することもなく禁書を手に取ってページをめくった。 アルケーの次は、エクスシーアという天使が記されたページだった。 黄金色の甲冑に緋色のマントを身に纏い、背中には白い翼。その姿を伝える細密な具象画を見て、カイトは勇ましい姿の天使だと思った。 アルケーの時と同じように、エクスシーアを説明する文が脳にじわりと染み込んでいくような感覚があった。 ゾーンに入ったときの勉強、集中して暗記科目を勉強している時の感覚に近いが、さらに速く深く染み込んでいく感覚は不思議とカイトにとって気分がよいものだった。 エクスシーアの次は、デュナメイスという天使が記されたページだった。 金色の甲冑を身に纏い背中には大きな白い翼。長い槍を持っている。 デュナメイスのページもすらすらと読み終えて、カイトはページをめくった。 デュナメイスの次は、キュリオテテスという天使が記されたページだった。 漆黒のローブを身に纏い、左手に王笏……というより魔法少女が持つ魔法ステッキに近いとカイトが思った杖を持っている。 背中に白い翼があるのはアルケー、エクスシーア、デュナメイスと同様だったが、甲冑ではなくローブを身に纏っていることもあって、どこか兵士の印象を含んでいる今までの天使とは毛色が変わったようにカイトは感じた。 キュリオテテスを説明する文もすんなり読み終えたカイトが、次のページをめくろうとしたとき執務室にエルヴァが戻ってきた。「お待たせ。じゃあ、行こうか。禁書は持ってきて」「はい」 素直に応じたカイトは禁書を左手に持ち、エルヴァと一緒に執務室を出た。 王宮の左翼に当たる棟から出ると、馬車なら五輛が並んでも余裕がある広い車寄せに、屋根付きの豪奢な二頭立ての四輪馬車とエルヴァの秘書だという初老の男性が待機していた。 カイトとエルヴァを乗せた馬車は、王都プログレの目抜き通りを優雅に進んだ。 馬車の乗
七つの海を制すると称されるブリタンニア連合王国。 それは、二十六名から成るメーソンリー魔道士団を筆頭に、魔錬士を主に構成される第二から第八までの魔道士団を有し、魔道士団を補佐する意味合いの強い一般の兵で編成された国軍も異世界テルスでは異例の規模となる十万人を超える世界で最大の軍事国家を表す別称に他ならない。 最大の大陸で覇権を握るに至ったセナート帝国を除けば、列強とされるゲルマニア帝国やガリア共和国もカイトが首席魔道士を務めるトワゾンドール魔道士団と同様に十二名前後で筆頭魔道士団を構成している中で、飛び抜けて多い魔道士を抱えるブリタンニア連合王国の首席魔道士であるヴァルキュリャ。 そういった背景を含めて考えてもなお、ヴァルキュリャが表明した筆頭魔道士団に属する魔道士の四名という人数は、派遣を希望したドゥカティはもとよりカイトやインテンサを驚かせるには充分なものだった。 インテンサは冷静な灰色の瞳に微かな懐疑の色を含ませ、ヴァルキュリャに対する問いを口にした。「筆頭魔道士団に在籍する魔道士の四名を派遣するとなれば、貴国が得意とする間接統治への布石とも受け取れてしまう規模となりますが、その意思の有無をこの場で答えることは可能ですか? ヴァルキュリャ卿」 ヴァルキュリャはすぐさま「ええ、もちろん」と応じてから、敢えて軽い声色を選んで理由を答え始めた。「インテンサ卿もご存知の通り、我らメーソンリー魔道士団は少数精鋭であることが望ましいとされる筆頭魔道士団でありながら、世界一の大所帯です。そして、魔道士は金食いです。特に魔錬士以上の称号を授与されて従三位より上の位階に叙された魔道士は、多くの国で貴族という立場になるのに収入が見込める領地を得られるのは極々少数。貴族としての出費を魔道士団からの俸給では賄えず、副業を持つ魔道士が多いという現状は、我が国も同様です。ビタリ王国の要望に応じて四名を派遣し、総税収の四パーセントという額を確保できれば、セナート帝国やアメリクス合衆国のように潤沢とは言えないメーソンリーの台所事情は格段に良くなります。この場で本国の裁定を待たずに、わたしが四名を派遣すると答えられるのは、そんな単純な理由からです。その結果としてビタリ王国も助かるというなら、双方にとって好都合。迷う理由こそ、わたしにとってはありません」 徹底した成果主義を執
国防を担う筆頭魔道士団を指揮する首席魔道士でありながら、筆頭魔道士団を率いて国王とその王族を殺害するというクーデターを起こして王位を僭称したウアイラへの断罪を下した聖皇フィデスの指名を受け、刑の執行人としてビタリ王国に赴いた三カ国の首席魔道士、カイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名が連名でソフィア王女を後継者とする王室の再興への協力を宣言した六日後の二月十三日。 穏やかな冬日が注ぐ昼過ぎに、王族で唯一生き残った第三王女のソフィアが王都ロームルスへの帰還を果たした。 王都の民衆は歓喜の大歓声と紙吹雪でソフィアを迎えた。 鮮やかな花びらの混じる紙吹雪が舞う中を、ソフィアの護衛として共に王都入りしたウァティカヌス聖皇国ロザリオ魔道士団のクーリアとアルトゥーラの母娘とともに行進し、王宮へと到着したソフィアは集まった民衆に向ってビタリ王国とその王室の再興に全力を尽くすと宣言した。 第一の役目を終えたクーリアは朗らかな微笑みを浮かべ、執行人としての役目を遂行したカイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名へ労いの言葉をかけた。「任務の遂行、まことにお疲れ様でした。聖皇陛下は此度の結果に満足しておられます。ビタリ王国の今後については、卿らを含めた協議によることも示唆されております。ソフィア殿下も同様の意向を示しておられますので本日中にも早速、協議の席を設けたく思います」 真っ先に「承知しました」と即答したヴァルキュリャに続いて、カイトとインテンサは無言で首肯を返した。 アルトゥーラがカイトの前に進み出る。「わたしの予感が当たりましたね。今宵は付き合っていただけますよね?」「もちろんです。協議の後にでも」「はい。楽しみです」 アルトゥーラは打ち解けた笑みを浮かべた。カイトはその笑顔を見て自分の任務が一段落したのだと感じた。 夕刻には連合を組む形となった三カ国の首席魔道士であるカイト、ヴァルキュリャ、インテンサの三名と、後継者となるソフィア、ビタリ王国の元内務大臣でありウアイラの王位簒奪後は幽閉されていたドゥカティ、オブザーバーとしてのクーリアが参加しての、最初の協議が王宮内で開かれた。 聡明なドゥカティは自身または他の有力貴族に権力が集中することを望まず、摂政は立てないことを提案。その提案は賛同を示す全員の拍手をもって了承された。 それを受けてのドゥカ
ブリタンニア連合王国とセナート帝国という二つの覇権国家に次ぐ力を持つ国として、新興のアメリクス合衆国とともに列強と見做される「西方の三国」の一つに数えられるビタリ王国ではあるが、その内情は大国としての安定を擁するものではなかった。 長い歴史を有するが故に各々の土地に根付いた領主としての名家が割拠し、象徴でありながら実効的な政治力と軍事力も保有していた聖皇の領地がベースとなっているウァティカヌス聖皇国を内包するという背景もあって、ビタリ王国という枠組み自体は維持されつつも実情は分裂状態が長く続いていた。 ビタリ王国に統一をもたらした王の子として慎重な内政に徹していた国王を殺害し、王位を簒奪するに至ったウアイラにとって最大の懸念はビタリ王国が再び不安定な状態へと戻ることで、国境を接する「西方の三国」ゲルマニア帝国とガリア共和国に介入ないし侵攻される可能性だった。 ウアイラが懸念を抱きながらもクーデターを実行に移した背景には、後ろ盾となったセナート帝国の存在があり、皇帝シーマの意向を代行するセナート帝国側の窓口となっていたのがアリアだった。 アリアの指示に逆らえば窮地に陥ることを避けられないウアイラは、セナート帝国への亡命という指示に従うより他に無かった。 王都ロームルスへと戻ったウアイラは、王都に留まっていたトリアイナ魔道士団のメンバーであるデルタ、レヴァンテ、バルケッタの三名を説得。唐突な亡命という事態に三名は戸惑いをみせたが、腕に身の振り方を選べる立場にはなくウアイラの説得に応じた。 迷うことなくウアイラに付き従うアウレリアら三名の女性魔道士を含めたトリアイナ魔道士団の七名と、アリアらラブリュス魔道士団の三名は王都ロームルスから出航する船に乗り込み、地中海に面する港を持つロムニア王国へと入った。 セナート帝国と停戦協定を結んでいるロムニア王国を突っ切るように一行は北上し、十名の魔道士からなる一行がセナート帝国の領内に入ったのは、カイトとウアイラが戦闘に及んだ二月二日から九日後のことだった。 一方のカイトを始めとするトワゾンドール魔道士団の四名はメディオラヌムに留まり、二日後の二月四日にはインテンサが率いるアイギス魔道士団の四名と、ヴァルキュリャが率いるメーソンリー魔道士団の四名と合流した。 刑の執行人として聖皇の指名を受けた首席魔道士カイト、ヴ
エルヴァが「カイトにとっての天敵」と表現し、戦わないという選択をカイトに示した四人の魔道士。 敵対することを避け、カイトにとっては出来るなら顔を合わせることなく済ませたい四人の女性。 そのうちの一人であるヴァルキュリャについてはシーマが主催する祝賀晩餐会での対面は避けようがなかったが、カイトにとっては前もって対応を考えた上で心の準備を済ませる時間もあった。 初陣のタイミングで不意に現れたアリアに対して、どう対処するのが正解なのか。 驚きに思考を停止させる猶予など許されない状況だと認識したカイトは、まずは敵対を避けるための対応を考えるべきだと脳をフル回転させた。 自分が最初に発するべき言葉を探しているカイトに対して、アリアの傍らに立つ長身で褐色の肌に長い銀髪を持つ女性魔道士が声をかけた。「はじめまして、カイト卿。私はヴァイオレット・オースター。ラブリュス魔道士団の第八席次です。お見知りおきを」「はじめまして、ヴァイオレット卿……」 ヴァイオレットに対してひとまずの返事で応じたカイトは、余裕の笑みを浮かべるアリアへ視線を向けると状況を確認するための質問を口にした。 「……アリア卿。ウアイラ卿の身柄を預かるとは、どういう意味ですか?」「そのまんまの意味だよ? カイト卿との勝負には負けちゃったけど、ここでウアイラ卿を退場させる訳にはいかないからボクたちが保護するってこと。まあ、形としては現時点をもって、ウアイラ卿はセナート帝国に亡命したってことになるけど」 聖皇の指名を受けた刑の執行人として今この場所にいる自分が「そうですか」と二つ返事に受け入れる訳にはいかない事態だとカイトは把握できたが、目の前に立つアリアという天敵との敵対を避けるには受け入れるしかないという事実も同時に理解した。「……王位を奪った直後の一方的なものだったとしても、王位に就いたことを宣言した国王が、その国を捨てて亡命するということですか?」「カイト卿たちは、ウアイラ卿を国王として認めてないでしょ?」「それとこれとは、別の話だと思いますが……」「話を複雑にする必要はないよ。即位した直後の王が亡命したってビタリは無くならないから。カイト卿たちが担ぎ上げたソフィア殿下もいるんだしさ」「……この場は、黙って見過ごせってことですね?」「そうそう。その通りだよ、カイト卿。そうし
圧倒的な覇者として戦場に君臨する存在であるべき、スルトとオメガによってもたらされた刹那の静寂。 「神殺しの巨人」に対して「最後を示す者」を召喚したカイトは、周囲が息を呑む中で初陣に臨む覚悟ができたことをアルテッツァに目配せで伝えた。 アルテッツァは無言でカイトに向ける首肯で応じると、右手を挙げてから数秒の間を置き「始め!」と開始の声を張り上げた。「おらぁっ!」 ウアイラが発した怒声にも聞こえる掛け声に呼応して、スルトは右手に握る炎の剣を振り上げて上段に構えた。 十メートルほどだった炎の剣の刀身が、倍の二十メートルにも達する長さに伸びる。 スルトは上段の構えを維持しながら、その巨躯とは不釣り合いな速度で駆けだした。 地響きとともにオメガへと急接近したスルトが、上段に構えていた炎の剣を高速で振り下ろす。 開始の合図と同時に背中の翼を羽ばたかせていたオメガは、上空へと舞い上がりながらスルトの一太刀を紙一重に躱してみせた。 空を斬った二十メートルにも及ぶ刀身の炎の剣を、中段の位置でピタリと止めたスルトが素速く炎の剣を振り上げる。 流れるような動作で炎の剣を逆手に持ち替えたスルトは、標的とするオメガに向けて炎の剣を投擲した。 炎の剣が長大な炎の矢と化してオメガへと迫る。 巨躯を軽やかに翻し、矢と化した炎の剣を躱したオメガは両手を胸の前で合わせた。 合わせたオメガの両手の一点に光が集束していく。 オメガが躱した炎の剣は上空でパッと消滅すると、主であるスルトの元へと戻るようにその右手に再び現出した。 右手に戻った炎の剣を迷うことなく逆手に持ち替えたスルトが、再度オメガを標的として投擲する。 再び矢と化した炎の剣がオメガを襲う。 オメガはその場から動くことなく、合わせた両手の中で収束した光をレーザー状の光線として放った。 光速のレーザーがスルトの胸部を貫くと同時に、炎の剣がオメガの胴体に突き刺さる。 スルトは咆哮し、オメガは猛炎に包まれた。 両手を合わせたままの姿勢で、墜落するように上空にあったオメガの高度が下がる。 合わせたままのオメガの両手には再び光が集束していった。 咆哮しながらオメガの落下地点へと駆けるスルト。その右手に新たな炎の剣が現出する。 オメガは猛炎に包まれたまま、迫るスルトへとレーザーを放った。 至近距離からのレ
ウアイラの気迫を込めた喚び出しに呼応するように出現した、直径が十五メートルにも及ぶ紅く発光する魔法陣からスルトの威容が現出する。 スルトが身に纏う漆黒の鎧の隙間からは炎が立ち上がっており、防具としての鎧というよりは自身が放つ炎を抑えるための拘束具のようだと「世界を焼き尽くす神殺しの巨人」を初めて目の当たりにしたカイトは思った。 その右手に「輝く剣」とも「炎の剣」とも呼ばれる象徴的な武器としての剣を握り、体高は二十五メートルにも届かんとするスルトの威容を前にして、カイトは強く反応した自分の鼓動によって手の甲の血管までが脈打つのを感じた。 初めての実戦、初陣の相手が「火」に属する召喚獣としては最上位とされる召喚竜オロチにも匹敵すると云われているスルトであることを知っても、自分の足がすくんでいないことにカイトは安堵した。 自分が落ち着いていられるのはエルヴァがくれたアドバイスのおかげだと、カイトは魔道士としてのすべてを教えてくれた師であるエルヴァの言葉を想起した。〈世界で最強の僕と同じ無属性として括られる存在を、この短期間で召喚できるようになっちゃった今のきみにとっては、他の属性で最上位とされてるヴリトラやオロチなんかの召喚竜ですら既に戦える存在ってことになる。召喚竜を筆頭とする大型の召喚獣はギリシアシリーズと相性が良いんでね。アルファかオメガなら召喚竜とだって戦えるし、下手を打たなきゃ勝てる相手と言っちゃってもいい。きみが注意しなきゃいけない魔道士は、戦場を支配する巨大な召喚獣を使うタイプの魔道士じゃない。等身大で強い存在を召喚するタイプの魔道士なんだよ。その中でも、戦うための召喚を済ませた魔道士にとっては最大の弱点でしかない生身の身体を、召喚した存在を憑依させることで自分自身を強くすることで解決しちゃう魔道士は、きみにとっての天敵だね。まあ、憑依なんて反則技を使えるのは、ブリタンニアでエースになってるアクーラ卿と、セナート帝国で南方を任されてるアリア卿、アメリクスで何故か第四席次をヴェノム卿に譲ったロンディーヌ卿、そして黒魔道士のヴァルキュリャ卿の四人しか確認されてないから、その四人とは戦わないってことで。相手がでかい召喚でくる分には戦えると思っていいよ。僕以外には上位が存在しない魔道士としてね〉 俺は戦える。カイトはエルヴァの言葉を裏付けとして、自分
この世界とは別に存在する世界。 違う部分はあっても、このテルスとよく似ている星に存在しているという異なる世界。 そんなお伽噺じみた世界から来たという若僧が、自分よりも上位の称号を持っていることが不愉快だったウアイラにとって、隠しようのない動揺を顔に浮かべるカイトを見るのは気分の良いものだった。 このテルスより何十年も進んだ時代から来たから、テルスの未来も予測できるなんて口振りも気に食わない。 未来なんてものは、ちょっとした弾みでガラッと変わってしまうもの。 世界を変えてしまったきっかけは、その時を生きている人間には掴みきれず、次の時代を生きている連中が過去を振り返った時にやっとで気付くものだとウアイラは考えていた。 聖皇国に偽の情報を掴ませて秘密裏に待ち構える作戦が当たり、裏をかくことに成功したことで気を良くしたウアイラは、次に用意していた遊びを実行することにした。「聞こえませんでしたか? 一騎討ちですよ、カイト卿。卿と俺とでね」 ウアイラは上機嫌であることを隠さずにほくそ笑みながら、このタイミングのためだけに嵌めていた白い手袋の左手だけを外すと、カイトの足下へと投げ付けてみせた。 自分の足下へ手袋を投げ付けるというウアイラが取った行動の意味を理解できず困惑するカイトに代わって、横に立つアルテッツァが口を開いた。「戦場における一騎討ちの作法としてウァティカヌス法に明文化されることもなく、今となっては廃れて久しい、貴族同士でもあった過去の魔道士が戦場に持ち込んだ決闘の作法を再現してみせるなどという、ケレンを演じるのが卿のスタイルなのですか? ウアイラ卿」 状況を把握できていないカイトへの説明を併せて済ませるように応じたアルテッツァを、敢えて分かりやすく無視したウアイラは、薄ら笑いを浮かべながらカイトへと視線を向けて答えた。「遊び心を失った魔道士なんざ、それこそ生きた兵器でしかない。違いますかね? カイト卿。俺たちはこの世界の、今この瞬間を生きてるんだ。その瞬間の積み重なった先にあるのが未来。この世界の未来を決めるのは、今こうして自分の意志によって生きてる俺たちだ。理想を描ける力を持っている俺たち魔道士が、自分が望む未来のために行動する。それのどこが悪いってんですかねえ。そうは思いませんか? カイト卿」 ウアイラは質問を向ける形をとりながら
古都フエルシナへ赴いたインテンサが圧倒的な力量差でイオタを討ち取り、芸術の都マイラントへ赴いたヴァルキュリャが個人的な思惑を優先させてゾンダを引き込んだ二月二日の昼頃。 ウアイラが主導した王位簒奪に際して自害することとなった国王の実父であり、分裂状態にあったビタリ王国を統一して現在に続く体制を築いた初代国王が本拠地としたメディオラヌムの市街地まで、あと一キロメートルほどの場所までカイトの一行を乗せてきた幌馬車を曳く馬の脚が止まった。 幌馬車を降りたカイトの視界に、メディオラヌムの街並みが広がる。 かつて公国であった数百年前から商業と金融の拠点として栄え、繊維と服飾を地場産業として発展させた現在ではファッションの都とも呼ばれるメディオラヌムは王都ロームルスに次ぐ第二の人口を有する大都市だった。「いよいよ、か……」 ぽつりとつぶやいたカイトに続いて同じ馬車から降りたピリカは、カイトの横に立つと空を見上げた。 朝から鈍色の厚い雲に覆われていたメディオラヌムの空は、重い雲を流す偏西風によってわずかな晴れ間を覗かせ始めていた。 もう一輛の幌馬車から降りたアルテッツァとセリカも、カイトの傍まで寄ると横一列に並んで立った。「落ち着いているようで安心したよ。初陣に臨むカイトへの心配は、私の杞憂に終わってくれたようだ」 アルテッツァがメディオラヌムの街を眺めながらカイトへと声をかける。「そうだね。ここまで来る馬車の中じゃ震えが止まらなかったけど、いざ着いちゃえば、逆に落ち着くみたい」「それはいい。私が思っていたよりも、カイトは肝が据わっているようだ」「自分でも驚いてるよ……よしっ! じゃあ、行こうか」 ゆっくりと歩き出したカイトを挟むように、両脇にアルテッツァとピリカが並んで歩調を合わせた。 三人から一歩下がったところをセリカが続いて歩く。 ゆっくりとした歩調でカイトたちが二百メートルほど進むと、メディオラヌムの市街地と街道との境に位置する番所からトリアイナ魔道士団の軍服を纏った女性の魔道士が姿を現した。 女性魔道士に従って番所から出た若い男の番人が馬に跨がり、メディオラヌムの街へと向かって馬を駆る。 長身の女性魔道士は独りで街道の中央に仁王立ちすると、トワゾンドール魔道士団の純白の軍服を纏うカイトら四名の魔道士たちを待ち構えた。「ほう……堂々
ゾンダの召喚したシウテクトリがその姿を現した時には、アクーラが召喚したロキは既に現出していた。 ロキは身長が二百三十センチほどの男性の姿をしており、鮮血で染め上げたように鮮やかで濃い深紅の燕尾服に身を包んでいた。顔面に貼り付けている笑いを模した仮面も生き血を吸い込んだような深紅だった。 ロキを睨み付けたカリフの意思に応じたクラーケンの、禍々しい触手じみた腕の一本がロキに襲いかかる。 クラーケンが繰り出した腕の軌道を読み切って軽やかに躱してみせるロキに、槍を構えて急接近したシウテクトリが斬り掛かる。 シウテクトリの無駄を排した挙動から放たれる鋭い槍の一閃すら、ロキは舞うように躱してみせた。 しなやかに舞う一連の動作の中で、ロキが右の手のひらに円環状の炎を作り出す。 高速で回転する円環状の炎は、みるみる高温となり蒼白い光を纏う炎のリングへと変化した。 シウテクトリとクラーケンとが次々に繰り出す攻撃を容易く躱しながら、ロキが右手を薙ぐように振り切る。 ロキの右手から放たれた蒼白い炎のリングは、瞬く間にその直径を広げながら高速でクラーケンへと迫った。 四メートルを超える直径となった蒼白い光を帯びる炎のリングが、クラーケンの頭部を難無く焼き切ってみせる。 頭部を両断されたクラーケンの巨体は微細な光の粒子となって霧散し、跡形もなく消滅した。「クソっ……! ならっ次は、ヌウアル……ピ……」 怒りのまま犬歯を剥き出しにしたカリフが、次の召喚獣の名を詠唱することは叶わなかった。 ブーメランのような弧を描いて高速で襲いかかる蒼白い炎のリングによって、詠唱の途中だったカリフの胴体が呆気なく焼き切られる。 下半身と別たれたカリフの上半身が地面にドサリと落ちる。 カリフの戦死はゾンダにとって何らの動揺をもたらすものではなかった。その証左としてゾンダの意思に応じるシウテクトリによるロキへの猛攻は途切れることなく続いていた。 シウテクトリが繰り出す槍による多様な攻撃を舞い続ける舞踏家のように躱し続けるロキは、その間も指先のわずかな動きだけで蒼白い炎のリングを操っていた。 クラーケンとカリフを両断しても蒼白い超高温の炎で在り続けるリングが、弧を描いてシウテクトリへと迫る。 ロキの操る炎のリングの軌道を読んだゾンダの意思に応じて、シウテクトリは一瞬だけ攻撃を止